高松塚古墳壁画修復作業室の公開

高松塚古墳の壁画の劣化が騒がれていた。
このまま色あせて、壁画そのものがいつかは退色して見られなくなるのだろうか?
そんなことが頭のどこかにあった。
その修復中の壁画を直接見る機会に恵まれた。
新聞で公開の記事を見た。
早速応募した。
見学許可のメールが来た。
運よく娘時代の仲間の集まる日だったので、三婆で明日香行きとなった。

見学会は受付をする。
待機する。
説明を受ける。
作業室へ移動する。
ガラス越しに壁画を見学する。

この間およそ小時間であった。

しかし、本物の魅力は何物にもかえがたい。

垂直の窓から水平に置かれた石盤の絵は近くにあるものは見えるが、離れると醜い。
それでも、1300年前に書かれた絵が目の前に横たわっている。
その色はとても鮮やかである。
風化や劣化とともに、泥による損傷や、漆喰の破損など多くの傷を持ちながらも凛としてそこにあった。

私の質問など初歩的な事ばかりだが、丁寧に答えていただいた。
高松塚古墳の壁画は漆喰がぼろぼろと落ちる状態にあるので、石盤ごと解体し修復している。
キトラ古墳の壁画は漆喰が剥がれ落ちる状態であったので漆喰部分のみを剥離して修復している。
漆喰自体の厚さは数ミリ単位のものである事。
漆喰の材料は今の時代とほぼ同じ成分である事。
漆喰が1300年の時間を経て存在している事は奇跡に近い事である。

今の時代の人とこの絵を描いた人が話をしたとして、言葉は通じるだろうか?
言葉はもしかしたら通じないかもしれない、でもこの絵は私たちにその時代の人の生き様をしっかりと伝えてくれた。

残念ながら写真は写せなかった。
これは後ろ髪引かれる思いで振り返ったドアの中にわずかに見えた石盤を写した。
ガードマンさんの横の開いたドアの中、石盤がみえる。

高松塚古墳
2段築層の円形墳
高い丘の上に松の木が植わっていたから高松塚古墳(入場前の説明で聞いた)

明日香の石舞台古墳
今は曽我馬子の墓ではないかと言われている。
青空が似合う古墳である。

岡寺
西国33カ所霊場の1つでもある。
昔母と訪れた思い出のお寺でもある。